1978年生まれ・女性・44歳・主婦(2022年ご寄稿当時)

私は1978年に産まれました。

私には4つ違いの姉がいて、姉は、産まれた当時、舌が大きく、お腹も膨れていたそうです。当時は今よりもベックウィズ・ウィーデマン症候群(BWS)に対しての医師の知識が乏しく、産まれた病院では何とも無いと言って検査すらしてもらえなかったそうです。その後、やはりおかしいと感じた母は、別の病院で姉を検査してもらう事にしたそうです。もうその頃には姉のお腹は膨れ上がり、検査の結果小児がん(ウィルムス腫瘍)と診断が下った時には、「手遅れかも知れない。覚悟して下さい。」と医師から言われ、手術が行われたそうです。

何とか姉は一命を取り留め、その後がんセンターに通い、放射線治療、コバルトをあて、高校生になる頃には装具を腰に巻き生活を行い、夏の暑い日には凄く辛そうでした。コバルトを当てた腰は皮膚がちぢみ、側弯症になり、身体が辛いと言っている事もありました。しかし、若い頃は、スノボーに行ったりボディボードを楽しんだりしていました。

舌については、小学3年生頃に手術を行いましたが、舌の周りを弧を描くように縁取って切ったので、舌は団子状になってしまったようです。姉はその後の治療は望まなかったので、歯は開咬になっていますが、生活にはそこまで支障なく生活しています。

一方の私はと言いますと、姉のウィルムス腫瘍の件があったので産まれて直ぐに検査が行われ、2歳になる頃に姉と同じく小児がん(ウィルムス腫瘍)にて右腎臓を切除しました。早期だったので抗がん剤も僅かで済んだそうです。

巨舌については、小学3年生の頃に、姉と同じ病院でしたが、舌の真ん中から切って舌の中央を切除する手術を行いました。比較的舌の形は一般的ですが、歯は開咬になってしまいました。その後の治療は、顎の横からメスを入れて顎を前に出してワイヤーで…との内容に嫌気がさしてしまい、私も望みませんでした。そのため、意識して口を閉じていないと今でも集中したり、ボーッとしたりしている時は口が開いてしまっています。

がんセンターでの定期検診はかなり長く、高校生頃まで姉と一緒に通いましたが、他には何事もなく大人になりました。ずっと小児がんという事と巨舌という事しか認識していなかったので、BWSと言う先天性疾患という事は知らずに育ちました。

その後、恋愛も結婚も普通にして今では子供が2人出来ました。上の子が産まれた時、遺伝するのではと心配しましたが何事もなく安心したのを覚えています。更に2人目が出来た時、エコーで明らかに巨舌がうかがえ、最初にそれを見た時、私自身物凄くショックを受けました。しかし、この子が私と同じ病気なのは、私がこの子の気持ちを1番に理解し、自分がして欲しかった病気に対する全ての対策をこの子に対して出来ると知っているからであり、この子も私を選んで来てくれたのだと思いました。そこからはこの子を守らなくてはと思ったのを覚えています。

腎臓が1つしかない影響もあってか、妊娠前から妊娠中もずっと蛋白が出てしまい、担当の先生は、その辺りもかなり注意して診て下さいました。

2人目の妊娠中は、1人目と違い、羊水過多の為かなりお腹も膨れ上がり、周囲の方からは「双子ちゃん?」とかなり聞かれました。私のお腹がもうもたないかもと言われ、33週と6日で予定日より早く赤ちゃんを取り出しましょうと言われ、帝王切開で出産しました。早産でしたが、大きさは4000gを僅かに超えており、産後は羊水と併せて10kg以上一気に体重が減りました。

子供が産まれてから、担当医より「もしかしたらBWSではないか?」と言う指摘があり、血液検査を行う事になりました。遺伝する事が珍しいという事で、私、私の姉、母、上の子、下の子、夫の5名の検査が行われました。その後、私の母方からの遺伝と言う結果となり、私と私の姉と下の子がBWSと言う診断が下りました。

正直、診断が下った時の私の気持ちは、ガックリとしたものではなく、今まで何が何だか分からず何でこんなに人と違うのかと言う疑問がその一言で全て納得がいったと言う感覚でした。ぼやけたものから、「BWSだから」という明確なものに変わった事は私の人生でも大きなプラスの気持ちの変化になりました。

その後、下の子は、早産の為肺が未熟と言う事と巨舌の為の哺乳障害で、産まれてから2ヶ月程NICU、GCUの入院を経て、胃管チューブを通したまま退院になりました。生後4、5ヶ月くらいで胃菅チューブが外れ口からの哺乳が出来る様になりました。出産した病院でのフォローアップを行いつつ様子を見て頂いていましたが、10ヶ月になる頃に左脇の下にピンポン球サイズのシコリがある事に気づき、検査と手術が行われました。結果は良性の血管腫と言う事でした。シコリを見た時は、かなりヒヤリとしたのを覚えています。

その後、巨舌縮小の手術について調べたりBWSについての情報を探したりしていたところ、BWS親の会の掲示板を見つけ勉強会に参加させていただきました。そちらの勉強会でお会いした先生の病院で、下の子が1歳前後に巨舌縮小の手術を行いました。今、下の子は、4歳になりました。産まれた時から腎臓肥大と肝臓も少し大きいと言う事でしたが、今のところ何事も無くすくすく身体も大きく育っています。小児科経過観察、舌の経過も順調です。開咬と口が開いてしまう癖は中々抜けずですが、少しずつ意識して閉じられるようになればと思います。自分もかなり苦労した部分なので、難しい事も理解した上で、小学校入学までに何とか閉じられるようになればと願っています。

見た目が人と違うと言うことは差別に繋がる事も多く、私の母もかなり辛い思いをする場面があったと思います。私が覚えている限りで私の中でイジメと認識するような事があったのは保育園の時からでした。小学校に入っても、仲間外れや気持ち悪い・ブス・デブなどの悪口、小児がんの手術の傷のからかい、口が開いていることからカバなどのあだ名をつけられるなどのイジメはありました。
しかし、小学5年生くらいには、男勝りな性格が加速していたのとひょうきんな性格だったのでからかわれたらチビハゲ!!と言い返して逆に男の子を泣かせたりもしていたので、そこまで悲観的な毎日でも無かったと思います。口が開いている事への指摘が私の心を疲弊させた事もありましたが、あの指摘のおかげもありかなり気をつけて口を閉じるようになったのは確かだったので、そこは良かったのかもと思いました。

中学生高校生になる頃には幼稚な考えでからかう人も減りました。身長は中学生卒業の頃には170㎝を軽く超え、高校を卒業し20歳になるころには180㎝になりました。ガタイも良かったので男性に間違えられる事も度々でしたが、逆にその頃にはそれも含めて「自分は自分。これが私。」と特に気にもとめていなかったです。

色々な事を経験して自分自身もかなり強くなりましたし、逆に「アイツを仲間外れにしよう」と言う誘いがあるような場面でも、「自分が気に入らないなら自分だけでやればいい、私はあの子に対して気に入らないと言う感情は無いから仲間外れにはしない!!」とハッキリ自分の意志や考えも言っていました。

からかう人がいる中でも純粋に私と同じ気持ちで何も変わらず仲良くしてくれる人達がいます。私はそんな人達が1人2人でもいればいいんじゃないかなと思います。

もし、BWSのお子様の事で悩んでいる方、またはご自身がBWSで悩みを抱えている方が居たら、私はこう伝えたいです。

嫌な事を言う人は沢山居ますが、そうで無い人も沢山います。悩んだら、自分の大切な人の声を聞いて欲しいです!